1月のことをいまさらながら

 10日、身内の研究会での発表をこなす(いや、こなせなかった・・・)。

 教員4名、先輩院生5名、同学年1名。これだけの人数が僕の発表のためだけに来てくれているのである(懇親会も含めた新年の挨拶も目的に含まれてはいるが)。そのプレッシャーたるや。とはいえ、元々発表者は僕だけだったわけではなく、本当はもう一人いた。だが、前々日に同日の発表者からインフルエンザでダウンとの連絡。これには数秒顔が引き攣った。まだ自分の発表がまとまりきるか分からない時点でのこの連絡に胃もひくひくと痙攣し始めたが、尚更落としてはいけないとの思いから、なんとかレジュメ・原稿をつくりあげる。
 発表は3部構成。セクション1で歴史小説の増加について歴史と絡めて話した後に、セクション2で作品論、セクション3であるテーマについて同作家の2、3作品を分析。
 発表しながらも冷静に自分の論のいまいちなところが目につく。とりわけ歴史の話は一次資料にもう少し当たらないとおもしろくならないと実感した(おそらくここにレトリック分析の必要性/魅せ場がある)。
 学識豊かな方々から示唆的なコメント・ツッコミを頂く。ゆっくり考えさせて頂きます。
 懇親会のち、学生だけで二次会へ。ビールの種類が豊富な店に。お酒の席でもコメントを頂く。ビールのチョイスをすこしミスった。IPAはあまり好きじゃなかったことを忘れていた。1.5パイントのビールで酔いを回しながら、文学談義。寝ずの発表準備だったので、寝かけながら話を聞く場面も。途中、一つ上の先輩にタメ語で相槌を打ってしまった気もする・・・。
 懇親会ではあまり喋れなかった同学年のOくんと話せた。


 翌日の11日、法事で親戚一同がうちに集まる。
 いとこたちが子どもを連れてきていて、計9人のがきんちょが騒がしく交流を深める様をいつ巻き込まれやしないかとひやひやしながら横目に見る。そしてやはり巻き込まれた。
 ピアノがあることを発見した瞬間、自分が弾けることを自慢したい子が数名。いささか厄介である。だが、弾けない子が引け目を感じ、「◯◯ちゃんもピアノ弾けるようになりたいなー」と哀愁を込めてぼやく様には心を揺さぶられた。子どもがやりたいことを見つけた瞬間は、たとえそれが他人への羨望混じりでも、ぐっとくるものだと知った。
 落ち着き始めた後で暇を持て余した男の子が親のiPhoneを借りて何をやっているかと覗き込めば、なんとYouTubeで実況プレイ動画を見ているではないか!小学2年生(3年生だったかな)にiPhoneが使いこなせてYouTubeも嗜むというのにはもはや驚く必要がないとは思うが、実況動画を楽しむという感性には驚いた(とりわけその楽しさを理解していない側の人間としては)。しかも途中でリビングへ移動する暴挙へ。親戚一同の談笑に見知らぬ成人男性2名のゲーム実況が流れるという不思議な雰囲気に・・・。

 そういや置きっぱなしだったおれのハンドクリームも勝手に使いやがってたな、あの子たち。